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ニューロフィードバックの歴史 その2

ニューロフィードバック

前回は、リチャード・カートンによる発見から、ハンス・ベルガーによるヒトの脳波測定までお伝えしました。

活動時に脳波の振幅は減少するため、活動時は活発になるものというバイアスが働いたのも、ベルガーが発表した当時受け入れられなかった原因だと思います。

脳波の振幅が異常に大きくなるてんかんの記録

1929年にハンス・ベルガーの論文が発表された5年後の1934年、フィッシャーとローウェンバッハによって、てんかん発作による脳波(スパイク)が示され、翌1935年、ギブス、デイビス、レノックスによって、てんかん発作中の3Hzの棘徐波複合(きょくじょはふくごう)が説明されました。

1935年生理学協会でのデモンストレーション

徐々に研究者の間で脳波が研究されるようになりましたが、幅広く受け入れられたとはいえない状況でした。

1935年にイギリスで開催された生理学協会の会議でエイドリアンとマシューズが脳波記録のデモンストレーションを行ったことにより、広く受け入れられるようになり、脳波研究が盛んになったといえます。

1935年というと昭和10年、ドイツで最初のアウトバーンが開通し、総武線が千葉駅まで電化されました。

脳波研究の歴史

てんかん以外でも脳波研究は進められました。代表的なものを列挙します。

1935年:睡眠

1937年:意識状態

1938年:行動的に問題のある子どもの脳波分析

1941年:アルコール依存症・片頭痛・ピークパフォーマンス

1946年:脳波と脳内の精神生理学的調整

1949年:行動障害のある子どもの脳波パターンの遺伝

1948年:不安

1969年:オペラント条件づけ

1968年ジョー・カミアの「脳波の意識的な制御」がPsychology Todayに掲載

時代は第二次世界大戦を挟んで、1968年(昭和43年)に飛びます。

小笠原諸島が日本に返還され、イタイイタイ病が公害病に認定され、ゴルゴ13の連載が始まった年です。

被験者が眼を閉じた状態で、音がしたときにアルファ波が出ているかどうか答え、回答後に正答(アルファ波が出ているかどうか)を教えました。

次に、1回ベルが鳴ったらアルファ波が出ている状態になるように努力し、2回ベルが鳴ったらアルファ波が出ないように指示されました。

行動療法や行動分析でいうシェイピング法(逐次接近法)でアルファ波を出す、出さないの学習したわけです。

結果は、回数を重ねるほど、正答率が上がりました。

詳しくはConscious control of brain waves J. Kamiya Psychology Today1:56-60 (1968)をご確認ください。

もちろん、眼を開けるとアルファ波は減少し、眼を閉じるとアルファ波は増加するので、単に開眼閉眼の違いにより、このような現象が発生したと考えてもおかしくありません。また眼の位置によってもアルファ波の状態が変わることが示唆されており、眼の位置を観察し一定の位置にあるときにのみベルを鳴らすなど様々な工夫がされました。

マーティン・オーン、ジェームズ・ハードなどによっても研究が進められ、意識的にアルファ波の大きさを変化させることができることが確実視されるようになりました。

自分の意識で脳波の状況を変えられるということがわかったということは、自分の意識で身体の状況を変化させるように訓練するバイオフィードバックが脳波においても可能であるということなのです。

この発見によって、やっとニューロフィードバックが日の目を見たのです。

では、また次回。

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